控え室に戻ると、試験官が野外飛行のコース指定をする。
用意された時間は1時間。その間にご飯を済ませ経路の計画、必要燃料や飛行予定時間の計算、全備重量の算出、そして天気や航空情報のチェックと忙しくなる。
1時間以内に何とか全ての作業を済ませたが1つだけ何か腑に落ちない。
それは作成した飛行計画の経路の1stレグが山間部の飛行になることだ。
訓練で散々泣かされた山間部の飛行。それを1stレグから山間部を飛行するのは初めてでましてや試験の日にぶっつけ本番で飛んでいいのだろうかと。
経路作成し直すにも時間がない。そんなこんな考えている中、試験官が控え室に入ってくる。
昼食を済ませ気分がいいのか試験官はニコニコしていてる。
そんな笑顔を見ていると緊張しっぱなしだった気持ちが少し晴れ、大丈夫、なんとかなるだろうそんな気分にさせてもらえた。
そこにはお世話になった整備士さんや指導教官が出迎えてくれていた。
皆さんが私の緊張を和らげようとしているのかニコニコと笑っており「大丈夫だ、いってこい」そんな事を言っているかの様な気がした。
いよいよ、最終科目の野外飛行
泣いても笑ってもこれが最後であり、帰ってくる頃には笑っていたいそう願いながら離陸する。
飛行計画に書いた1stレグの磁方位にコンパスを合わせ2ndレグの変進点を目指す。
そして段々と山間部が近付いてくると同時に不安が募っていくが、頼りにしている磁方位を絶対にずらさないよう10秒毎にコンパスを見ていた様な気がする。
そして経路中の半ばあたりに差し掛かった頃、設定したチェックポイントを探す。
チェックポイントを上空からでもわかりやすいよう建造物を設定していたが、到着予定時間になっても見えてこない、そして見つからない。
試験官が
「ちょっとチャートを見せて」
と私のチャートを手に取り周りをキョロキョロし始めた
やばい、ロストしてしまったか?と思いながら右下を見た時、ちょうど真下にチェックポイントを発見。
山の縁に隠れており進行方向からだと山が障害物となり見えてなかったようだ。
チェックポイント真下です。通過しますタイムチェック
そしてコースのズレも無くほぼオンコース、そして時間も予定到達時間とぴったりでオンタイムですと伝えた。
苦手の山間部飛行は残り半分で終わるぞ。そんな事を意識し始めた時、鼓動が高鳴る。それを必死に 冷静になれ、自分! と高ぶる気持ちを抑えながら飛行を続け山間部の先に広がる街が段々と見え始め、山間部飛行のプレッシャーが無くなるにつれ気持ちに余裕が生まれてきた。
その後、変進点まで順調に飛行を続けたが試験官は私のチャートをずっと手に取ったまま辺りをキョロキョロしている。
何でそんなに周りを見ているんですか?と聞きたかったけど聞けなかった。地点評点をしていたのだろうか??
そんな事を少し気にしながら、次は着陸場を目指す。
実施細則には経路中に定められている空港等で1回の離発着をしないといけないという規定があるからだ。
目指している最中、コンタクトしていたフライトサービスから無線が入る。
自機の進行方向の右前方あたりにセスナが同高度で飛行しているとのこと
私は同高度は危険だと判断し、巡航高度の変更をフライトサービスに伝えた。
その時、試験官は’うん’と頷いたような仕草が横目で見えた気がしたが、それよりもトラフィックを試験官と二人してキョロキョロと忙しなく周囲を見張る。
そんな時、右前方に黒い陰を見つけた。
試験官、トラフィックみつけました。
よし、すぐに報告するんだ。
そんなやりとりを交わしフライトサービスにトラフィックを見つけた報告をする。
この辺りから”試験を受けているんだ”という感覚はなく、指導を受けている”訓練”に近いような不思議な感じだったことを覚えている。
一緒にトラフィックを見つけたことによる共同感によって生まれた感覚なのだろうか。今でもわからない。
そして、目的の着陸場手前で試験官がこう告げる
着陸場にはもう行かなくていいからここに向かって
チャートを開いた試験官はその場所を指で指している
私は急いで現在位置からその場所までの磁方位、距離、所要時間、残燃料の計算を行う。
この時に計算に夢中になり過ぎると、操縦桿を握っている手の意識が疎かになり速度や高度が基準の諸元内から逸脱してしまう自分の弱みは訓練で痛いほど学んできた。
作業しながらの計器チェックを忘れてはダメだ!と意識を持ち、何とか作業を終え試験官に磁方位、経路、予定時間を伝える。
ここで私は「合格」を確信した。
何故なのかというと、試験の数日前に教官にあるお願いをした。
それは、まだ一度も飛んだことのないルートでの野外飛行をしてくださいと。
そのルートの一部が変更後のルートと全く同じなのである。
もう、心の中はサンバの祭りのような状態である。
しかし、ルートの変更をしたらそれをフライトプランの変更といって予定経路の変更をフライトサービスに伝えないといけない。
私は経路の変更の旨を無線でフライトサービスに伝える
フライトサービスからの返答に私は驚愕する。その返答は
「飛行前の予定経路と今回の変更後の経路が全く一緒ですが変更でよろしいですか?」
しまった・・・・
フライトプランを出す前に、経路の確認をしていなかった・・・
そして書いた経路を飛行前の不安とバタバタしていたことにより覚えていない・・・
ん?どういうことだ?経路をちゃんと確認したのか?
と少し感情が高くなりつつも試験官が問いかけてくる
正直にいいますと、経路の1つを書き忘れたかもしれません
嘘をついても無駄なので正直に伝えた。
まぁ、いい。前方に見える飛行場には降りたことはあるか?
ミステイクを救ってくれた試験官に感謝しつつ、はい!降りれますと答えその飛行場に向かう。
その飛行場も数日前に予めタッチアンドゴー訓練を行ったことが功を奏する
その飛行場への離着陸を無事に終え、出発地へ戻る。
戻る最中、1つ質問された。
今回のコースは飛んだことはあるのか?
いえ、初めてですが野外飛行で苦い思いを沢山してきたのでその成果だと思います
決して、最後の変更後のコースは一度飛んだことありますとは言わなかった。
先ほどのミステイクをお願いだから無くして欲しい。そして自分の評価を上げて欲しいと思ったのか人間の悪い部分が出たような気がする。
そうか。わかった。
その二言で試験官との会話は終わった。
出発地に無事に戻り、ヘリパッドの周りには教官や整備士さんが暖かく迎えてくれている。
エンジンを止め、機体から試験官が降りる。
機内で一人になった時、やりきったぞ。よくやった!と自分で自分を褒めていた
教官がドアを開けてくれた。
「どうだった?ロストしなかったか?(笑)」
冗談交じりの言葉だったけど、その言葉に愛があるのが伝わってくる。
なんとかでしたけど、フライトプランでミスりました・・・
教官は笑っていた。
「大丈夫!最後までやり遂げたんだし自信もて!」
「はい」と私は返事をし、お世話になった整備士さんたちにも、これでもかというくらい感謝を述べ頭を下げた。
控え室に戻り
結果からいうと 合格 です
合格というフレーズが聞こえた瞬間から目から涙が止まらなかった。
今まで経験してきたプレッシャーとは比にならない重圧から解き放たれたからだろうか。
そして試験官から講評で言われたことは今でも覚えている。その言われたことは書くことはできないが1つだけ共有できるものがある。
”航空業界、何でも勉強を続けることだ。
そして継続して勉強することで知識がつき、自信に繋がるんだ” と
不安によって試験の朝からソワソワして落ち着かない自分を試験官は見抜いていた
そして、この言葉は自家用試験で合格した時のアメリカの試験官に同じ事を言われたような気がする。
一生勉強。日々鍛錬。
死ぬまでこの言葉は忘れないと思うし座右の銘として心に刻みたい。
試験官から最後に何か伝えたいことはあるか?と質問された時、質問ではないが思っていることを素直に伝えた
今後、またお世話になると思います。その時はよろしくお願いします。
ははは。その時には俺はもういないよ
笑ってはいたけど、何か寂しげな心境も感じた。
控え室から試験官が退出し、この部屋に私は戻ることはないのか、そしてずっと乗ってきた機体にはもう乗ることはないんだなと考え始めた時に合格した実感が湧いてきた。
でも、もう2度と事業用実地試験は受けたくないと思った日でもありました・・・。
試験官へ
こんな未熟な私を合格として認めてくれて本当にありがとうございます。
貴方が引退される頃には大きな花束を持って門出を祝いたいです。
そして、このブログを通してとなりますが私を指導してくださった教官方はじめ、整備士さん、そして支えてくれた方々本当にありがとうございます。
身バレをしたくない為、色々と伏せてブログを書いていますが、勘付いた方は陰ながら応援してくださると幸いです。
たまフライター